インターネットの「電源ボタン」は存在するか

映画やドラマでは、政府の高官がボタン一つでインターネットを遮断するシーンが描かれることがあります。では、現実にインターネット全体を停止させる「キルスイッチ」は存在するのでしょうか。

結論から言えば、グローバルなインターネット全体を一瞬で停止させる単一のスイッチは存在しません。しかし、特定の国や地域のインターネットを遮断する手段は複数存在し、実際に行使されてきました。

なぜグローバルなキルスイッチは存在しないのか

インターネットには単一の所有者がいません。数万の独立した自律システム (AS) が BGP で相互接続された分散型ネットワークであり、中央の制御点が存在しません。

  • ルートサーバーは A から M までの 13 系統を 12 の独立した組織が運営し、世界各地に千を超えるインスタンスが分散配置されている
  • 海底ケーブルは数百本が異なるルートで敷設されており、すべてを同時に切断することは物理的に不可能
  • ISP は各国の法律に基づいて運営されており、全世界の ISP に同時に命令を出せる組織は存在しない

国家レベルのインターネット遮断 - 実際の事例

エジプト (2011 年 1 月)

アラブの春の最中、ムバラク政権は国内の主要 ISP 4 社に命じて、BGP 経路の広告を停止させました。数千の BGP 経路が 1 月 27 日から 2 月 2 日まで消失し、エジプトはインターネットからほぼ完全に孤立しました。唯一、Noor Group という小規模 ISP が数日間接続を維持しましたが、最終的にこれも遮断されました。

インド (カシミール、2019 年〜)

インド政府は 2019 年 8 月にカシミール地方のインターネットを遮断し、一部地域では 18 か月以上にわたって制限が続きました。デジタル権利擁護団体 Access Now の集計では、インドは 2018 年から 2023 年まで 6 年連続で年間の遮断件数が世界最多で、2023 年は 116 件が記録されています。

ロシアの「主権インターネット」テスト (2019 年の法制化以降)

ロシアは 2019 年に成立した「主権インターネット法」に基づき、グローバルインターネットから国内網を切り離すテストを複数回実施しており、2023 年と 2024 年にも実施が報じられました。国内の ISP に TSPU (Technical Means of Countering Threats) と呼ばれるディープパケットインスペクション装置の設置を義務付け、国境を越えるトラフィックを政府が制御できる体制を構築しています。

ミャンマー (2021 年 2 月)

軍事クーデター後、軍事政権がインターネットの遮断に踏み切りました。まず 2 月上旬に Facebook や Twitter といった特定サービスの選択的ブロックが行われ、2 月中旬以降は深夜から早朝にかけての全面遮断が連夜繰り返されました。

技術的な遮断手法

  • BGP 経路の撤回: ISP に BGP 経路の広告を停止させる。最も効果的だが、国内通信も含めてすべてが停止する
  • DNS フィルタリング: 特定のドメインの名前解決をブロックする。DNS を変更すれば回避可能
  • IP アドレスブロック: 特定のサービスの IP アドレスへの通信をファイアウォールでブロック。VPN で回避可能
  • DPI (Deep Packet Inspection): パケットの内容を検査し、特定のプロトコル (VPN、Tor) をブロック。最も高度だが、完全なブロックは困難
  • 海底ケーブルの物理的切断: 島嶼国や沿岸国で、ケーブルが少数の場合に有効

遮断を回避する技術

インターネット遮断に対抗する技術も進化しています。

  • VPN: 通信を暗号化し、ブロックを迂回する最も一般的な手段。ただし、DPI で VPN プロトコル自体がブロックされる場合がある
  • Tor: 多段階の暗号化と中継で通信元を秘匿する。ブリッジリレーを使えば、Tor 自体のブロックも回避可能
  • 衛星インターネット: Starlink などの衛星通信は、地上のインフラに依存しないため、地上の遮断を回避できる。ただし、衛星端末の所持自体が違法とされる国もある
  • メッシュネットワーク: Briar、Bridgefy などのアプリは、Bluetooth や Wi-Fi Direct を使ってインターネットなしで近距離通信を可能にする

まとめ

グローバルなインターネットのキルスイッチは存在しませんが、国家レベルの遮断は技術的に可能であり、実際に行使されています。インターネットの分散型設計は単一障害点を排除しますが、国家権力による意図的な遮断に対しては完全な耐性を持ちません。

IP 確認さんで自分の接続状態を確認できること自体が、インターネットが正常に機能している証拠です。

この記事の関連用語

BGP ISP 間の経路交換プロトコル。BGP 経路の撤回がインターネット遮断の主要手法。 VPN インターネット遮断を回避する最も一般的な手段。DPI でブロックされる場合もある。 DNS DNS フィルタリングは選択的なサービスブロックに使用される。DNS 変更で回避可能。 IP アドレス IP アドレスブロックは特定サービスの遮断に使用される。 ISP 政府がインターネット遮断を実行する際、ISP に命令を出す。

よくある質問

インターネット全体を停止させるスイッチはありますか?

いいえ。インターネットは数万の独立した自律システムが BGP で相互接続された分散型ネットワークであり、中央の制御点が存在しません。グローバルな停止は技術的に不可能です。

国家がインターネットを遮断した事例はありますか?

はい。エジプト (2011 年)、ミャンマー (2021 年)、インド (カシミール、2019 年〜) など多数の事例があります。ISP に BGP 経路の撤回を命じる手法が最も効果的です。

インターネット遮断を回避する方法はありますか?

VPN、Tor、衛星インターネット (Starlink)、メッシュネットワークアプリ (Briar) などが回避手段として使われています。ただし、DPI で VPN 自体がブロックされる場合もあります。